対症療法~専門医のいない病院~
窓から見える景色を眺めていた。
道行く人たち、自由で幸せな世界。
ついさっきまで、自分もあちら側にいたのに、今は白血病の疑いがある、隔離されている病人。
外来受診からそのまま緊急入院となり、予期せぬ事態に、どこか夢の中にいるような気持ちでいた。
「白血病」と、はっきりとは言われず、悪ければ白血病の可能性もあると言われていた。
だからきっと自分はそこまで悪くないはず。
そう思っていた。
先生は専門医のいる転院先を探していた。
「ヘモグロビンや血小板は輸血で上げられるけど、白血球は上げられないから」
「一刻も早く専門病院で治療をしないといけない」
母親は先生たちに問い詰めていた。
「どうしてここで治療してもらえないんですか?」
「ここで治療をしてください」
「あと何日仕事を休ませないといけないのですか?」
「この不景気の時に仕事がなくなったら困ります」
先生は
「今は仕事より娘さんの命の方が大事です」と。
母親は金銭に対する執着が強くて、いつもお金の心配ばかりしていたから、そんな不安を感じたのだろう。
「お母さんは仕事の心配されていたけど、今は体のこと、命が一番大事だからね」
「昨日入院した人は、すぐに転院先が見つかったんだけど、早く転院先が見つかるといいね」
看護師さんが優しく気遣ってくれた。
赤血球や血小板の輸血をしたり
「注射しますね」
と何の注射かもわからず、処置されるがまま腕に打たれる。
トイレ以外は、できるだけベッドの上で過ごすように言われた。
入院初日の夜、MAP(赤血球)輸血をしていると、体が熱くて、気分が悪く、しんどくなってきた。
「ちょっと熱っぽいんですけど……」
看護師さんに伝えた。
体温 38.0
薬 氷枕
輸血が合っていないのかな……
突然気分が悪くなってきた。
赤い輸血を見てるだけで気持ち悪くなる。
看護師さんが次々と注射や輸血をしにくる度に、どんどん容態が悪くなり、病院の処置に対して不安と恐怖に襲われた。
「もう止めてくださいよ!」
看護師さんに反射的に声が出た。
入院して症状が良くなるどころか、逆に入院前より急速に悪化している。
輸血すると気分が悪く、しんどくなるから嫌だと言った。
看護師さんが一旦輸血を外してくれて、先生に確認して、別のMAP輸血に替えてくれた。
もう一度輸血を入れてみた。
「どう?」
「今度は大丈夫みたいです」
発熱と不安の中、眠れない初日が終わった。
入院2日目
WBC 3800
Hb 9.0
PLT 4.3
骨髄球 5%
不明細胞 12%
食欲はあまりなく、加熱食も苦手で少しだけ食べた。
毎回トイレを看護師さんに伝えて、簡易トイレを洗浄されるのが嫌だった。
父親と妹もお見舞いに来てくれて、感染予防の為 部屋のドアの所から離れて、少し話をした。
先生には
「試験勉強してたのにな」と言われ、
母親からも
「しんどかったんやろ、資格なんかの勉強に行くから」
と言われた。
夕方、お腹の大きな看護師さんが、ベッドの端でシャンプーをしてくれた。
ずっと誰も近づかない状態で、人のぬくもりに触れて嬉しかった。
いろんな会話をして、不安な心が和んだ。
しばらくすると寒気がしてきた――
看護師さんに何度か打たれた注射は、骨髄性白血病の悪い細胞がある患者には、白血病細胞が増えてしまうため、使用してはいけない、白血球を上げる薬G-CSF(ノイトロジン)だった。