病棟~白血病患者同士の交流~
「ねえちゃん、夏目雅子みたいやな」
病棟の食堂で、知らない患者のおじさんに声をかけられた。
なんかイラっとして
「私、死にませんよ!」と言い返した。
初めての入院生活。
クリーンルームから出られたけれど、他の患者さんとうまく溶け込めなかった。
「死」に対する言葉にすごく敏感になっていて、「死」を連想することを言われるだけで
過剰に反応してしまう。
健康な時なら、なんとも思わない言葉にも、すごく敏感になっていた。
家族、看護師さん、患者さんなど、ちょっとした言動で、腹が立ったり傷ついた。
すごく揺れ動く感情に、自分でもどうしていいかわからなかった。
寝不足、貧血、体力が落ちて、輸血をすると少し回復するけど、フラフラでしんどい。
抗がん剤の副作用の脱毛で、髪の毛が抜ける量も増えてきて、シャンプーしたら半分くらい抜けてしまった。
髪の毛が無くなるよー!
抜けた大量の髪の毛を見て、ショックで泣いた。
自分は白血病なんだと思った。
ウィッグと帽子を被るようになった。
大量に抜けてしまうのが怖くて、頭がかゆくなってきても、シャンプーはできるだけ我慢していた。
毎日どんどん抜けていくだけで、恐怖だった。
WBC 1200
Hb 6.2
PLT 6.6
CRP 0.4
(Day 20)
食堂で一人、食事をしていると、一人の同年代の男性に出会った。
彼は「悪性リンパ腫」
私は「急性前骨髄球性白血病 M3」と話した。
彼は
「じゃあ、アンディ・フグと一緒だね」
「今、入院している男性の中に、AML(急性骨髄性白血病)の他の型の人たちがいるよ」と言った。
アンディ・フグと同じ――
その言葉が胸に突き刺さった。
自分も死ぬのかと怖くなった。
M3は治る可能性が高いと聞いていたから、少し安心しているところがあった。
けど、白血病で亡くなられたアンディ・フグさんと、同じAMLの型だと知ってショックを受けた。
部屋に戻って、Dr.の回診の時に聞いてみた。
「先生、私アンディ・フグと同じ型だって、他の患者さんに言われたけど、本当ですか?」
「誰がそんなことを……」と
Dr.はしばらく躊躇してから説明してくれた。
「同じ型だけど彼はきっと、初期の時に亡くなってしまったんだと思う」
「M3はDICの出血傾向が強く、初期の時が一番危険で、昔は出血死で亡くなる人が多かった」
「今は特効薬のATRAが開発されて、M3は初期の状態を乗り切ったら、予後は一番いい」
ネット環境が悪いクリーンにずっといて、病気の情報は周りからが多く、今まで先生や家族からは聞いていなかった。
きっと私がショックを受けないように、気を遣って言わずにいてくれたのだろう。
改めて白血病治療は、死と隣り合わせなんだと思った。
病院生活になじめず、不安な毎日を過ごしていると、看護師さんが、「同じ白血病患者さんと話せば何かわかるかも」と
同じ病棟に入院している、年上のバンダナ姿の白血病女性患者さんを紹介されて、デイルームで少し話した。
私は今の正直な気持ち、大きな不安、治療の辛さなどを話した。
その女性は
「あなたは若いし、私の時より全然元気よ」
「私はこれから移植を控えているけど、全然怖くないわ」
「同じ主治医のドクターは、アメリカで遺伝子の研究をしていた優秀なドクターだから、大丈夫よ」と話した。
今の私は、治療や将来のことなど、不安だらけで怖いのに、彼女は強がって、「私は怖くないわ」と言い張った。
上から目線で、うわべのポジティブシンキングで、本音を話してくれてるとは、思えなかった。
こんなに辛くて不安に思うのは私だけなのかな?
と落ち込んでる自分が、弱くてダメなように聞こえてきて、全く心に響かず、余計に傷ついて落ち込んでしまった。
私は同じ白血病患者として、今の不安や、恐怖の気持ちを分かち合いたかった。
共に頑張ろうと励まし合える、そんな患者同士の交流を求めていたけれど、40代の指導者だった彼女は、見栄を張って強がっていた。
それ以降、廊下ですれ違っても、「あら元気そうね」と冷たい視線で、相変わらず、教師のように上からものを言ってくる。
Dr.には媚びへつらって、私には高圧的な態度をとり、本音を話さない彼女に嫌気がさして
それから彼女とは話さなくなった。
他に誰か話せる人はいないかなと、白血病患者の人との交流を探していると、食堂で知り合った悪性リンパ腫の男性が、白血病患者の男性を紹介してくれた。
年齢は40代以上の人たちだけど、あの看護師さんに紹介された女性とは違って、すごく普通に色々と話せる人たちだった。
大人の男性でも不安や恐怖、辛さがあるんだと、みんな同じなんだと、すごく安心した。
それからメアドを交換して、色々な情報交換をした。
誰かがクリーンルームに入った時は、メールで励まし合ったり、面会のできる個室の部屋の時はお見舞いがてら、みんなマスク姿で楽しく話をした。
男性の患者さんたちは、みんなそれぞれお気に入りの看護師さんがいて、毎日楽しみがあっていいなと思った。
Dr.や看護師さんの噂話や、他愛無い日常のバカ話をして楽しかった。
白血病患者同士では「頑張って」の言葉は、ほとんど言わなかった。
みんな必死に辛い治療を頑張っているのがわかるから。
同年代の女の子がいなくて寂しかったけど、白血病患者同士でしかわからない気持ちを共感しあえて、とても元気づけられた。
みんな所帯を持っている人たちで、奥さんやお子さんがいて、いいなと思った。
自分ももし結婚していたら、旦那さんに支えてもらえたのかなと。
でも病気になる以前の自分は、結婚なんていつでもできると思って、あまり真剣に考えていなかったり、「愛」とかよくわからず、映画やドラマの世界の話と思っていた。
人と深い交流をすることも苦手だったり、人間関係にドライな面があったので、もし結婚していたとしても、きっとこの困難を乗り越えられず、別れていたんじゃないかなと思った。
それくらい、白血病の闘病は過酷で、うわべの人間関係は、シビアに切れていって、誰が本当に自分のことを思ってくれているのか、はっきりとわかる。
白血病患者さんの中には、闘病中クリーンルームで、旦那さんとそのご両親が、離婚届を持ってきて、泣いていた女性患者さんもいると聞いた。
夫婦で辛いときに励まし合って、困難を乗り越えていける、強い絆を持てる人もいれば、逆にその困難を乗り越えられずに、別れてしまう夫婦もいるんだと知った。
もしこの先、パートナーができたら、相手に対して思いやりをもてる人になって、どんな困難も一緒に乗り越えていける、そんな絆を築ける自分になりたいと思った。
私の病気の過去も受け入れてくれる、そんな人はいるのだろうか?
健やかなるときも、病めるときも、どんな困難なときでも、共に支え合える、そんなパートナーに出逢えるといいな。