外泊~1ヶ月ぶりの外出~



季節はいつしかXmasシーズンになっていた。

緊急入院になった1ヶ月前から、ずっと病院内で過ごしていたので、いつも窓の外の景色を眺めては、外はどのくらい寒いんだろうと想像していた。


白血球が回復してくると同時に、体の炎症も治っていき、人間の細胞、白血球のパワーを実感した。 


目の上にできた吹き出物の炎症で熱が出て、皮膚科の先生に治らなければ切開すると言われていたけど、白血球が上がると炎症が治まった。


入院生活も1ヶ月近くになり、退屈でストレスもMAXになってきた。

血液データはまだ回復していないけど、病院にいてもすることがなくて、気分転換した方が心身共に元気になるかもと、外泊の許可がでた。

感染対策をしっかりして、何か異変があれば、すぐに病院に戻ってくる約束をして。


WBC   1000
Hb        7.8
PLT     13.4
(Day 24)


やっと念願の外泊だ!
家に帰れる!
嬉しい!

心が弾んだ。


病院の玄関の自動ドアが開いた瞬間、外からの冷たい風が頬に触れた。

空気の匂い、頬に当たる風の感触。

目の前に広がる、外の自由な世界。

1ヶ月ぶりに外の世界に出て、こんなに素敵な世界に生きていたんだと、すごく感動した。


ずっと閉鎖された、クリーンルームの中にいたから、外の世界がとても新鮮に感じた。


空が綺麗、緑が美しい、風が心地よい。

今までこんなに五感を豊かにする、素敵な世界に住んでいたのに、当たり前すぎて、何の感謝も感動もしなかったけれど、自然界の美しさや癒しの力、人間界のエネルギッシュな力を実感した。


街ゆく人たちの姿も新鮮に映った。

Xmasのイルミネーションもあって、キラキラした世界に見えた。


母親とデパートに、予備のウィッグを見に行って、可愛いウィッグをgetした。


人混みの中を歩くだけでドキドキした。

マスクをして、ウィッグにニット帽姿の私。

きっと誰も私のことを、白血病治療中の患者とはわからないだろう。

普通に健康な人の姿に映っているんだろうなと、街を歩けるだけでワクワク嬉しかった。


久しぶりの家に帰った。

懐かしくてドキドキした。
犬にも逢えて嬉しかった。
家に帰れるなんて感動。
でもしんどくてへばっていた。


1ヶ月前、紹介状を持って総合病院を受診した、あの日のことを思い出した。

まさかこんな展開になるとは想像していなかった。

いろいろあったけど、寛解導入療法を無事に終えて、外泊できるまでに回復して、生きて帰ってこれて本当に良かった。


久しぶりの家の中を見ていると、犬を抱いた自分の写真と、葬儀社のパンフレットが
一緒に置いてあるのを見てしまった…。


すごくショックだった。

きっと一時期すごく危ない状態だったから、病院の先生から言われたのだと思った。

でももう危ない状態からは脱した。

絶対に死にたくない!

必ず生きて退院すると強く願って、神様ご先祖様への手紙を願掛けに書いて、自分の机の引き出しに入れた。


お風呂も1ヶ月ぶりに入った。

湯船につかって涙が出た。

お湯が体の芯から温めてくれて、心も体も癒される。


IVH、マルク、採血、内出血の痕、脱毛、抗がん剤、輸血。
傷だらけの体をお湯が温かく包んでくれる。

お風呂に入れることが、こんなに気持ちよくて、心も体も癒されるんだと初めて感じた。


怖くて我慢していたシャンプーをした。

半分くらい残っていた髪の毛が、全部ごそっと抜けた。

お風呂場には、抜けた大量の髪の毛で真っ黒。

髪を洗いながら、嗚咽し大量の涙が出た。


今までの人生で、こんなに泣いたことはないってくらい泣いた。

人間の涙は、こんなに出るんだと思った。

髪の毛も涙もシャワーが洗い流していく。


魂が抜けたようなショックで放心状態。

鏡に映る自分の姿を直視できず、すぐに頭にバンダナを巻いた。
しばらく立ちすくんでいた。


洗い物をしている母親に後ろから、「髪の毛が全部抜けた」と言った。

こちらを見ないまま、「そう」と一言だけ返ってきた。

父親は
「これからまた生えてきたら、ベリーショートは滅多に経験しないことだから、写真に撮っておいたらいい」と明るく言われた。


髪の毛が全て抜けた、自分の姿を恐る恐る見た。

鏡に映った自分の姿は、白血病患者になっていた。


私は本当に白血病患者なんだ。

これが今の自分の姿なんだと、そこで病気の自分を、心から受け止められた。


坊主頭になった自分の姿は、自分で見るのも、家族や他人に見られるのも嫌だった。

家でも病院でも、必ずウィッグとニット帽を被り、寝る時はウィッグを外して、ニット帽かバンダナを被って寝ていた。


家で食べる美味しいご飯。
暖かい布団。
妹にIVHカテーテルのヘパリンを通してもらう。

家族や犬がいてくれること。

今まで、当たり前だと思っていた普通の生活が、とても幸せだったんだと思った。


夜になり、自宅だと薬がなくても眠れるかなと思ったけど、やっぱり薬なしでは、眠れなかった。

外泊できて、とても幸せだったけれど、夜になると、不安に襲われる。

胸が苦しくなって、夜中、3回ほど目が覚めた。

心臓は時々痛む。
抗がん剤の影響もあるのかな…。


翌日、病院に戻る日、外は雪が降ってきた。

楽しい幸せな時間は、あっという間に過ぎ、家を出る時間が迫ってくると、急に恐怖心が襲ってきた。

抗がん剤治療、クリーンルーム。
もう、あの過酷な環境での治療なんて耐えられない。


母親に
「病院に戻るのがつらい」
「またあの治療をするのは無理だ」と話すと

「そんな子どもみたいなことを」
「家で死なれても迷惑だ」
と冷たく言われた。


泣きそうになりながらも、タクシーに乗り病院に戻った。

病院の大部屋に戻ってきて、怖くなった。

胸が苦しくなって、心拍数が速い。

強烈な恐怖心が襲ってきた。

クリーンルーム、抗がん剤のトラウマ、PTSDのような症状が出てきた。


緊急入院から、クリーンに強制的に缶詰状態で、極度の不安、恐怖、緊張状態のまま、自分の限界まで、我慢を強いられていた。

クリーンにいる間、突然めまいや不安感に襲われて、呼吸がしんどくなることがあった。


外泊で平和な時を過ごしたからか、何か必死に耐えていた糸が切れた感じで、パニック症状のような、強烈な不安感、恐怖心。
心臓がドキドキして苦しくなった。


過去に愛犬が亡くなった時に、ショックで過呼吸になったことがあるけれど、今回は今まで経験したことのない、極度の精神状態になった。


もう自分は、あの過酷な抗がん剤クリーンルーム治療はできないと思った。

まだ地固め療法の3クールが残っていて、あと3回は、また同じ、抗がん剤治療とクリーンルーム入室がある。

でも精神的に治療を受けられるような状態ではない。


病院から逃げ出したい。
ここで治療を止めたらどうなるんだろう?

死が頭をよぎった。


病院にいるだけで胸がドキドキしてくる。

苦しくてじっとしていられなくて、ナースステーションに行った。

看護師さんに自分の状態を話して、精神安定剤をもらった。

睡眠導入剤と精神安定剤を飲んで、夜を過ごした――


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