白血病退院~桜吹雪~
桜が咲き始め、春の訪れを感じる頃、退院が決まった。
まだデータが低くて、退院できないと思っていたけど、
まだデータが低くて、退院できないと思っていたけど、
Dr.から
「明日退院しますか?」
「これからデータは上がっていくから退院してもいいよ」
と言われ、急きょ退院することになった。
もう精神が限界になっていた。
クリーンルームから、なかなか出られなくて、「もう限界」とDr.に話したら、
「明日出れるようにします」
「本当はまだクリーンレベルだけど」と
私の精神面を考慮して、クリーンを解除してくれた。
「明日退院しますか?」
「これからデータは上がっていくから退院してもいいよ」
と言われ、急きょ退院することになった。
もう精神が限界になっていた。
クリーンルームから、なかなか出られなくて、「もう限界」とDr.に話したら、
「明日出れるようにします」
「本当はまだクリーンレベルだけど」と
私の精神面を考慮して、クリーンを解除してくれた。
大部屋でも退屈で、消灯時間も早くて眠れなかった。
夜はよくデイルームに行って、他の患者さんたちとTVを見たりしていた。
将棋があったけれど、もっとゲームや本など、リフレッシュできる空間があればいいのにと思った。
院長回診の時に、看護師さんに促されて、携帯やネットの電波が悪くて不便なことを伝えたり、Dr.や看護師さんにも言っていたけど、病院の環境自体は退院まで改善されなかった。
とても窮屈な長い入院生活に、もういっぱいいっぱいになってしまっていた。
ようやく夢にまでみた退院だ!
嬉しい!
本当によく頑張った!
一時期は「もう治療できない」と絶望したけど、Dr.、看護師さん、患者さん、家族、友人
いろんな人の支えのおかげで、こんな私でもなんとか乗り越えることができた。
いろいろあるけど、家族がいてくれて本当に良かった。
母親がお見舞いに来てくれて、退院が決まったことを話すと驚いていた。
2003年11月、緊急入院した前の病院では、「もう危ない」と言われていたようで、家族は覚悟をしていたと聞いた。
でもこの病院に転院した時、真っ先に「治りますか?」と聞いたら、Dr.は「治りますよ」と言ってくれたので、家族は安心したと。
私も転院前の先生に
「あと3日、もつかどうか」と
余命宣告された時は、真っ暗になった。
だけど、この病院にきて、Dr.の「治る可能性が高い」という言葉に希望が持てた。
余命宣告された時は、真っ暗になった。
だけど、この病院にきて、Dr.の「治る可能性が高い」という言葉に希望が持てた。
もし転院が、あと1日でも遅ければ、どうなっていたのだろう?
奇跡的に転院できて本当に良かった。
神様やご先祖様のご加護を感じた。
Dr.や看護師さんも、父親や母親のように優しく見守ってくれた。
自分の情けないところ、弱いところを出しても、温かく受け入れてくれる。
今までは自分の弱さを出したら、みんな離れていってしまうと思って出せなかった。
入院を経験して、心も体も自分の弱さを出さざるを得ない環境になった。
入院を経験して、心も体も自分の弱さを出さざるを得ない環境になった。
そんな自分でも変わらずに、受け止めてくれる人がいるんだと知った。
本当の人間の繋がりは、こういうことなんだと思った。
上辺の人間関係しか知らなかった自分にとって、とても大きな経験になった。
ファッション、外見、世間体など、見た目や表面的なことばかり気にして生きてきたんだと思い知った。
資格や表面的な人間関係など、白血病の闘病生活では、そんなものは自分を支えてくれなかった。
生死の境にいる時、
本当に必要なものは、勇気、希望、愛、楽しかった思い出。
人との心からの繋がりだった。
退院したら何をしようか?
会いたい人、行きたい場所、食べたい物。
いつも元気になった自分を思い描いて頑張った。
今までの自分は、世間のレールや周りのことばかり気にして、自分のしたいことをやってこなかったことを後悔した。
今度は自分の好きなことをして、楽しく生きたいと思った。
自分の死生観がしっかり定まっていなくて、漠然とした恐怖に襲われていた。
自分が死んだらどうなるのか?
きっと自分なりの死生観があれば、もっと落ち着いて、今の状況を受け入れられたのかなと思った。
Dr.、看護師さん、スタッフにも、本当にお世話になった。
私を治療するのは大変だったと思う。
心も体も繊細で敏感で、薬に反応しやすくて、副作用など多かった。
精神的にもトラウマになったり、感情が上がったり、下がったり激しくて、若い看護師さんはすごく困惑していた。
だけど、Dr.や年上の看護師さんが力強くサポートしてくれた。
この病院で、この先生、看護師さんに出会えて本当に良かった。
他の病院やスタッフなら、私は白血病治療を乗り越えられなかったんじゃないかな。
「トラブルもなくスムーズに治療ができた」
「よく頑張ったね!」
とDr.が笑顔で言ってくれて嬉しかった。
「マルクは退院後の外来で」
「まだデータが低いので家でも感染に注意すること」
「維持療法を2年間する」
そして「何かあったら連絡して」
とDr.が携帯番号の書かれた紙を渡してくれた。
WBC 1600
Hb 6.9
PLT 7.2
MAP輸血
退院の日、タクシーに乗ろうとすると、お世話になった姉御肌の看護師さんが追いかけてきてくれた。
まるで映画のワンシーンのように、タクシーに手を振ってくれた。
私も見えなくなるまで手を振っていた。
自宅に帰ってきた。
魂が抜けたように、ずっと茫然としていた。
以前と変わらない自分の部屋。
今までのあの怒涛の毎日は、悪夢だったんじゃないかと思うくらい、別世界にいるような
不思議な感覚になって、何度も自分の体の傷痕を確認した。
IVHの痕、マルクの痕、内出血の痕。
髪の毛のない頭。
やっぱり悪夢じゃない。
IVHの痕、マルクの痕、内出血の痕。
髪の毛のない頭。
やっぱり悪夢じゃない。
現実だったんだ……
退院できた喜び、安堵感と共に、漠然とした不安、恐怖心が湧いてきた。
病院では24時間、常に先生、看護師さんがいて、何かあればナースコールですぐに来てくれる安心感がある。
退院できた喜び、安堵感と共に、漠然とした不安、恐怖心が湧いてきた。
病院では24時間、常に先生、看護師さんがいて、何かあればナースコールですぐに来てくれる安心感がある。
家では当たり前だけど、ちょっとした体の不安も、自分でケアしていかないといけない。
そして再発の恐怖心。
もうあの辛い治療生活は無理だ。
二度とあんな経験しなくていいように、健康で長生きしたいと思った。
やっぱりこっちの外界の生活は、自由で幸せだ。
4ヶ月に渡る白血病入院生活が終わった。
入院当初から、"桜の頃に退院したい"、"桜がまた見たい"と強く思い描いていた。
外は満開の桜が咲いている。
退院して間もないある日。
桜の木の下を通っていると、突然強い風が吹いて、桜の花びらが舞い、桜吹雪に包まれた。
すごく綺麗で涙がこぼれた。
私は今、生きている。
ずっと思い描いていた、桜の季節に退院でき、桜吹雪を見ることができた。
まるで天からの祝福のような、ほんの一瞬の至福の出来事。
時が止まったように、その場に立ち止まって、その綺麗な桜の花を、目に焼き付けていた。