エピローグ~桜の時~
まだ4年で完治とは呼べないのかもしれないけれど、自分の中ではもう絶対大丈夫と信じていた。
出会いと別れ。
卒業、入学、新生活。
植物たちが色とりどりに芽吹いてくる、この季節が好きだ。
毎年桜の季節になると思い出す。
2004年白血病退院した日のこと。
綺麗な桜吹雪を見たこと。
緊急入院、転院、告知、怒涛の闘病生活。
そしてDr.との日々を思い返していた********
「ray*さんが入院した日のことは、よく覚えている」
「入院した頃、精神的にすごく不安定で一人ぼっちに見えた」
「たいがいの患者さんには献身的に支えてくれる人がいて、医者の役割は限られているけれど、ほとんど支えてくれる人がいないように見えた」
「だから自分が何とかしてあげなければと思った」
「必要としてくれる人がいるなら、頑張ろうと乗り越えられた」
「ray*さんと、とりとめのない話ができる時間はすごく癒された」
「あの時期、ray*さんが生きるための意味であり救いだった」
「論文のリプリントを渡した時、この人にもらってもらえるなら、研究への想いも諦められると思った」
入院中の私は、絶望と恐怖のどん底にいた。
孤独で絶対的な希望もなくて、でも死ぬのも怖くて、闘う勇気もなくて、どこにも逃げ場がなくて、どうしていいかわからない状態だった。
でもDr.や看護師さんがすごく優しくしてくれて、一生懸命励ましてくれて、自分のためにすごく熱心にやってくれている姿を見て感動した。
自分のためにこんなに頑張ってやってくれている人がいるのなら、私はこの人たちの力を借りて、頑張って乗り越えられるかも。
この人たちの力を無駄にしたくない。
頑張っていこうと思えた。
そしてDr.がかけてくれた言葉
「代わってあげたいけど、代わってあげられない」
この言葉を聞いた時、氷のように冷たくなっていた私のハートが、じんわり温かくなっていった。
こんなに優しい言葉をかけてくれる先生がいるなら頑張れる。
この人と出会えて良かった。
頑張って退院して、元気になっていく姿を見てもらいたい。
そう思えた。
私にとってのDr.は、”この人との出会いがあったなら、白血病になったことも諦められる”
そう思える唯一の存在。
生きる希望であり支えの人。
Dr.と出会って、愛というものがどんなに温かいものか初めて知った。
愛が人の心を癒し、包み込んでくれること。
恐れや不安を、勇気や希望に変える力があること。
体や心がどんなにボロボロでも、何もできることがなく、生きる価値がないように思える時でも、いつもどんな私でも変わらずに、優しく笑顔でいてくれた。
退院してから、元気になれた嬉しさもある反面、家族や友人と遊びに行っても、どこか心から楽しめずにいた。
他人の健康な姿、長い髪、傷のない綺麗な体。
病気の不安なんてなく、幸せそうに生きている人を見るとどうしても、「自分はなんでこんなことになってしまったんだろう…」と思ってブルーになっていた。
でもDr.と会って一緒にいた時、そんな自分を温かく見守ってくれて、写真まで撮ってくれた。
今まで誰とも味わったことのない、心から楽しいと思える幸せな時間が過ごせて嬉しかった。
頑張って生きていたら、こんなに楽しいことがあるんだと思えて、すごく前向きになれた。
心通じ合える人との時間が私を癒してくれた。
今の自分がいるのはDr.のおかげ。
2年間の維持療法が終わって、一緒に喜んでくれたこと。
ずっと主治医でいてくれたこと。
ずっと見守ってくれていること。
白血病になったことは、とても辛い体験だったけれど、Dr.に出会えたことは私の人生を変えてくれた。
出会えて本当に良かった。
Dr.に命も心も救われたこと。
楽しかった思い出。
一生忘れない。
支えてくれてありがとう。
Dr.と ご家族が、これからも健康で幸せでありますように…
心の友ソウルメイト『You've Got A Friend』
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この日は、いつもと違う気持ちでいた。
いつも通り、診察室で血液検査の結果を確認した。
どこも異常がなく安心して、Dr.と会話をしていた。
「好きな人ができた」Dr.におもむろに言った。
Dr.はしばらく黙ったまま、真っ直ぐ前を向いていた。
沈黙の後、「良かったと思う…」そう言った。
「うん、先生ありがとう」
そう言って扉を閉めて、診察室を出ると、涙が溢れてきた。
トイレに入って、思いっきり泣いた。
どうしてこんなに涙が出るのだろう?
沢山の感情が溢れてきた。
自分の中で何かが終わった。
今までずっとDr.の存在が支えだった。
辛かった思い出も、幸せな思い出も、涙に変わって流れていった。
もう卒業なんだ。
すごく寂しいけれど、清々しい気持ちになった。
心の中に残ったのは、感謝の気持ちでいっぱいだ。
前へ進んで行こう。
帰り道、涙で濡れた瞳で、空を見上げてみた。
雲ひとつない綺麗な青空が、どこまでも続いていた。